【情熱大陸】棚橋弘至の出身大学が凄い!過去には刺されることも?嫁や子供は?出演映画は?wikiプロフ・経歴・学歴・家族など徹底調査!

                       
 こんにちは、ペン太郎と申します!次回の「情熱大陸」プロレスラーの棚橋弘至さんが出演されるということで今回は棚橋弘至さんについて調べてみました!

今回は棚橋弘至さんの詳細プロフィール・経歴、2ページ目では出身校&学生時代について紹介していきたいと思います!

さらに3ページ目では過去に刺されたことがあるという衝撃エピソードや家族の情報などをお伝えしていきたいと思います!



棚橋弘至のWIKIプロフィール・経歴公開!

 

<プロフィール>

リングネーム:棚橋 弘至
マスクド・デビロック
本名:棚橋 弘至
ニックネーム:100年に一人の逸材エース、太陽の天才児、ハイフライング・スター
和製HBK、日本プロレス界のエース、ミスター東京ドーム
身長:181cm
体重:101kg
誕生日:1976年11月13日(41歳)
出身地:岐阜県大垣市



 

棚橋弘至さん 100年に1人の逸材と言うニックネームを持っているほど
すごい選手であり高学歴プロレスラーとしても有名です。

そんな棚橋弘至さんは岐阜県大垣市に生まれ、
幼い頃に祖母の影響でプロレスの存在を知って
テレビで見るようになったそうです。

学校では休み時間に友達とプロレスごっこして
遊ぶほど好きだったそうですね。

 

一方で、棚橋弘至さんの住んでいる地域が
大垣市ということで名古屋間と言う土地柄か
中日ドラゴンズの大ファンで野球にも熱中していたそうです。

そして高校時代は野球部に入部し、
レフトのポジションを守っていたそうです。



 

そんな中棚橋弘至さんは高校1年生の頃に見た
闘魂三銃士の試合で小橋健太さんの試合に感銘を受け、

 

「プロレスラーになれば心も体も強い人になれるのではないか」

 

と次第にプロレスラーへの憧れの気持ちを
強くしていったそうです。

 

当時はプロ野球選手を目指していたそうですが、
プロ野球選手にはなれないと夢を諦め、
それなら伝える側の新聞記者になろうと思ったそうで、
マスコミ関係に強い学部に入ることを目指したのだそうです。

その後一般入試で立命館大学法学部に入学。

そして大学の授業の初日に構内で新入生をサークルに勧誘する
ブースがある中で棚橋弘至さんはプロレス同好会に入ったそうです。



 

プロレス同好会に在籍する一方で、
アマチュアレスリング部にも参加していた棚橋弘至さんは
1996年春に行われた新日本プロレスの入門テスト受け
その時は不合格となり、同年秋に2度目の入門テスト受けるも
体調不良による脱水症状で不合格となったそうです。

そして1998年2月に行われた3度目の入門テストで、
ようやく合格となり大学卒業後の1999年4月2
新日本に入寮したそうです。

 

棚橋弘至さんは 1999年10月10日に後楽園ホール大会にて
デビューしこれまでにプロレスラーとして
大変活躍してこられています。

2018年には日本武道館で開催された
「G1CLIMAX28」決勝でG1決勝史上最長となる35分の熱闘の末に
ピンフォール勝ちを奪い優勝を果たしました。

これからもプロレスラーとして
さらに活躍の幅を広げていかれると思いますので、
がんばってほしいですね。

 

ちなみにこちらは棚橋弘至さんが出演している映画です!

棚橋弘至主演!映画『パパはわるものチャンピオン』予告編

 

棚橋弘至×寺田心共演映画『パパはわるものチャンピオン』、高橋優書き下ろし主題歌「ありがとう」入りMV

 

次のページでは棚橋弘至さんの出身校や学歴、
大学でのエピソードなどについてお伝えしていきたいと思います。

ページ: 1 2 3

合せて読みたい関連記事

コメントを残す