多田克彦のヨーグルト&プリンが美味い!全国取扱店はどこ?wikiプロフ・経歴・学歴・家族・年収など徹底調査!

                       
こんにちは、ペン太郎と申します!次回の「プロフェッショナル」農業経営者の多田克彦さんが出演されるということで今回は多田克彦さんについて調べてみました!

今回は多田克彦さんの詳細プロフィール・経歴、2ページ目では多田克彦のお店と全国の取扱店一覧を紹介していきたいと思います!

さらに、3ページ目では出身校&学生時代・家族の情報などについて、4ページ目では年収の情報などをお伝えしていきたいと思います!



多田克彦のWIKIプロフィール・経歴公開!

<プロフィール>

氏名:多田克彦
生年月日:1955年
出生地:岩手県遠野市
職業:農業経営者
会社:有限会社多田自然農場
好きな言葉:農業は爆発だ



 

多田克彦さんは多田自然農場の代表を務めている方で、
これまでたくさんの苦労に見舞われながらも
一流の乳製品ブランドを築かれた方として知られています。

 

多田さんは高校卒業後、
地元の農業高校を卒業し、
遠野市役所に就職が決まりますが、
勤務初日に、職場での覇気のない重い空気を感じ
「ここにいたら自分も沈んでダメになる」と思ったそうで、
なんと1日目で退職をすることを選んだそうです。

その後、家から20万円を持ち出して上京し、
アルバイトなどをしながら一浪をを経て明治大学に入学しています。

学部などは不明ですが、
おそらく農学系の学問を学べる学部に入られたのかと思います。

 

明治大学卒業後は東京の一流企業への就職が決まっていたようですが、
この時故郷の遠野が気になり、
なんとその一流企業のへの就職を辞めて
再び遠野市役所の試験を受けたそうです。

その時は「市役所に勤めるのは10年。その間に農業を本格的に勉強し、
新しい時代の農業で食べていこう」と決心されたそうです。

自分の中に期限を設けて、
自分の会社を作るためにその後はとてもつもない努力を
されたそうです。

 

まず、市役所に勤めながら農業に関する勉強を
休日や帰宅後に行い、市役所からのボーナスは
すべて乳牛を飼うことに使ったそうです。

その結果、6頭くらい飼い始めた頃から
利益が出始めここから「農業は儲かる!」と確信に変わっていったそうです。

 

その後も農業の会社を作ることを夢見て、
20代の間に片手間農業と節約などをして
1500万円ほどの資金をつくることに成功したようです。

1988年の33歳になった頃には市役所勤務を辞めて
退職金と借入金などで約1億円をかき集めて
いよいよ自分の有限会社を設立して独立を果たします!

 

最初は北海道から200頭の乳牛を買い付けて事業をスタート。

 

最初は奥さんと2人だけの家族経営だったそうですが
乳牛が200頭、野菜栽培のハウスが10棟以上もあり、
作業するのには大分人手不足だったそうです。

しかも開業資金で数千万単位の借金を抱え込んだ状態なので、
仕事を休めるわけにはいきません。

 

さらにその時牛肉の輸入自由化の波が押し寄せるなどして
牛肉の価格が大下落したそうで、
借金はあっという間に億単位に膨れ上がってしまったそうです。

そしてさらに追い打ちをかけるかの如く
生乳の生産調整という組合からの命令で、
毎日200kgの牛乳を捨てるように指示されてしまいます。

 

もしこの時指示にそのまま従っていたら、
完全に収入減を絶たれることになってしまうので、
多田さんは組合に抗議し、対立関係になってしまったそうです。

その後も講義は続けたそうですが、
最終的には脱退処分を受けてしまったそです。

 

この時多田さんは
「農協に売ってもらうビジネスではダメだ」と思ったそうで、
多田さんは直接、消費者と接して売っていく
自社ブランドを立ち上げることを決意します。

自社ブランドを立ち上げてからも苦難は続き、
当時は低温殺菌などは珍しかったため、
高温殺菌に慣れ親しんでいた消費者からは
「多田克彦の牛乳は水を混ぜているぞ」などの
風評被害を受けたこともあったそうです。

 

また、大型台風が来た時には糞尿処理場所から糞尿が流れ出し、
周辺住民が使用している地下水に流入するという事態が起き、
警察沙汰になったこともあったのだそうです。

その後は近隣住民とのトラブルに発展し、
地元スーパーにも不買運動が起こるなど
最悪の事態に見舞われてしまったそうです。

地元ではもうどうすることもできなかったので、
その後は東京に飛び込み営業をはじめ、
多田克彦の牛乳の再起をかけた仕事をスタートさせました。

 

飛び込み営業では最初は全く相手にされなかったのですが、
ある百貨店の幹部には目が留まり、
商品を置いてもらえるようになったそうです。

その後も徐々に首都圏では認められはじめ、
気づけば首都圏の地域住民から愛される
ブランドにまで成長してきました。

 

地元を出て10年が経過したころ、
遠野に道の駅が開店するということで
地域振興に熱意をもって取り組んでいた、
かつての役所の同僚職員が、
多田さんに商品を置いてもらえないかと頼まれたそうです。

 

「克彦。おまえは役所を辞めたやつだし、
地元の人間はみんなお前のことを悪く言う。
お前だって、
地元のことを良く思ってないだろう。
でも、地元の人間は、お前の作ってる製品が
東京に行けば一流百貨店に並んでいることを知らない。
俺はただ、
愛する遠野が豊かになることだけを願っているんだ。
今度できる道の駅に、お前の直営コーナーをつくるから、
そこに商品を置いてくれないか!?」

(引用:https://organicftd.exblog.jp/25359007/)

 

これを機に地元の住民にも
多田克彦の牛乳が徐々に浸透し始め、
今では地元市民から愛されるブランドにまで成長しました!

また、最近では2017年に
カリフォルニア州のシリコンバレー
多田克彦さんの乳製品が大人気になり、
2018年夏にはニューヨークマンハッタンにお店をオープンするなど
日本だけでなく世界に向けて事業展開をされておられるようです。

 

 

また、こちらは東日本大震災後に
復興のお手伝いをされている多田さんの活動を記録した動画です!

 

多田自然農場



 

地域住民の方々は復興の支援をしてくれたということで
大変助かったのではないでしょうか。

これからも多田克彦の乳製品は広まっていくと思いますので、
これからもがんばってほしいですね!

次のページでは多田克彦さんの人気商品などの全国取扱店一覧を紹介していきたいと思います!

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